大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成8年(行ツ)117号 判決

上告人

永露勇二

右訴訟代理人弁護士

加藤石則

川副正敏

被上告人

検事総長

上肥孝治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人加藤石則、同川副正敏の上告理由について

公職選挙法二五一条の二第一項は、選挙運動の総括主宰者、出納責任者等が買収罪その他の選挙犯罪を犯し刑に処せられたときは、公職の候補者等であった者が同法二五一条の五に規定する時から五年間当該選挙に係る選挙区(選挙区がないときは、選挙の行われる区域)において行われる当該公職に係る選挙に立候補することを禁止する旨を規定している。立候補の自由は憲法一五条一項の保障する重要な基本的人権というべきことは所論のとおりであるが、民主主義の根幹をなす公職選挙の公明、適正はあくまでも厳粛に保持されなければならないものである。公職選挙法の右規定は、このような極めて重要な法益を実現するために定められたものであって、その目的は合理的であり、選挙運動において重要な地位を占めた者が選挙犯罪を犯し刑に処せられたことを理由として、公職の候補者等であった者の立候補の自由を所定の選挙及び期間に限って制限することは、右の立法目的を達成するために必要かつ合理的なものというべきである。したがって、右規定は、憲法一五条、三一条、九三条に違反しない。そして、原審の適法に確定した事実関係の下においては、公職選挙法二五一条の二第一項の規定を本件に適用して上告人の当選を無効とし、立候補の禁止をすることも、憲法の右各規定に違反しないものというべきである。以上のように解すべきことは、最高裁昭和三六年(オ)第一〇二七号同三七年三月一四日大法廷判決・民集一六巻三号五三〇頁及び最高裁昭和二九年(あ)第四三九号同三〇年二月九日大法廷判決・刑集九巻二号二一七頁の趣旨に徴して明らかである。

右と同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官遠藤光男 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)

上告代理人加藤石則、同川副正敏の上告理由

第一点 公職選挙法二五一条の二第一項所定の将来にわたる立候補制限規定は憲法に違反する。

原判決は、平成六年の改正(平成六年法律第二号公職選挙法の一部を改正する法律)にかかる公職選挙法二五一条の二第一項のうち、将来にわたる立候補制限の規定は憲法違反には当たらないとしている。

しかしながら、右規定は、以下のとおり、憲法一五条、九三条、三一条に違反する無効なものであって、原判決の右判断は、憲法の右各条項の解釈を誤っている。

一、最高裁判所の判例

改正前の公職選挙法二五一条の二第一項が規定していた、地方公共団体の議員選挙における選挙運動において一定の重要な役割を果たすべき地位にあった者等が一定の選挙犯罪を犯して刑に処せられた場合に、当該候補者の当選を無効とする旨の定めについては、原判決が援用しているとおり、憲法一五条、九三条、三一条の規定には違反しないとする最高裁判所の判決がある。しかし、これに加えて、右当選無効の効果が発生したときから五年間にわたり、当該候補者の当該選挙区における立候補を禁止した平成六年改正後の同条項の規定についての最高裁の憲法判断は存在しない。

二、原判決の論旨と問題点

原判決は、右立候補制限規定の合憲性について、

「その趣旨は、連座の効果が当選無効のみであると、無効となるのは当該違反行為がなされた選挙における当選であるから、違反行為に係る刑事裁判が遅延し、その間に任期が満了するなどして、次期選挙が行われることとなったような場合には、連座制が実質上無意味となることに鑑み、これに連座制発効の日から将来にわたる立候補の制限を加えることにより、連座制を実効あらしめるというところにあり、その目的において是認することができるうえ、五年間という立候補制限の時期も、地方議会議員の任期を考慮すると、不相当に長いとはいえず、一般的に候補者の政治生命を断つに等しいものでもないことは明らかであるから、これをもって憲法違反と解することはできない。」

と述べている。

たしかに、総括主宰者等の選挙犯罪にかかる刑事裁判が遅延して、その間に当該当選人の任期が満了すれば、当選無効の意味が実質的に失われることになるという弊害があることは否定できないが、それは、あくまでも例外的な事象であるうえ、このような弊害は、平成六年の改正によって強化されたいわゆる百日裁判の規定(公職選挙法二五三条の二第二項)などの適正な運用によって十分に対処できることであって、そのことの故に、五年間もの長期間にわたって立候補を禁止するというのは、明らかに立法目的を達成するための必要最小限度の範囲を逸脱した過剰な基本的人権の制限であり、到底是認できるものではない。

現に、右改正法が審議された平成六年一〇月二〇日開催の第一三一回国会衆議院政治改革に関する調査特別委員会議録を見ても、右立候補制限の目的・必要性・五年間の制限の合理性などについては、何らの説明も議論もなされていないのであって、原判決の右判示は、立法者意思や立法事実にも基づかない机上の抽象論といわざるを得ない。

三、地方議会議員選挙における選挙権・被選挙権の憲法上の位置付けと当選人の地位

1.憲法一五条一項は「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と規定している。

これは、憲法前文で「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」として、国民主権の原理に基づく代表民主制の統治構造を取ることを宣明しているのを受けて、公務員の地位が究極的には国民の意思に基づくことを明確にしたものである。

そして、憲法九三条二項は、「地方公共団体……の議会の議員……は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する」と規定しているところ、これは、憲法九二条が「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める」と規定し、地方公共団体の組織・運営が地方自治の本旨、すなわち団体自治の原則とともに、住民自治の原則に基づいて行われるべきことを定めたのを受けて、当該地方公共団体の意思を決定する機関としての議会を構成する議員は住民の直接選挙によって選任することとし、右地方自治の本旨、とりわけ住民自治の原則を具体的に実現しようとしたものである。

ここにいう「選挙」は、憲法一五条にいう「公務員の選挙」に該当する。したがって、それについては、成年者による普通選挙(憲法一五条三項)、すなわち選挙人の資格を人種・信条・性別・社会的身分・教育・財産・収入等によって差別しないで、国民または住民に一般的に選挙権を与える選挙が保障されなければならないことはいうまでもない。

2.右のように、地方公共団体の議会の議員の直接選挙制は、日本国憲法の根本原理である国民主権的民主制に由来し、かつ住民自治の原則を核心とする地方自治の本旨を現実的なものとするための憲法上のきわめて重要な制度であって、これに参画する住民の選挙権は、参政権の本質をなす憲法上の基本的人権であるとともに、このような選挙制度を担う選挙人団の一員として選挙という公務を執行する義務でもある(最大判昭三〇・二・九刑集九巻二号二一七頁等)。

そうすると、かかる憲法上の位置付けを与えられた選挙権の行使の結果としての当該選挙における最多数の得票に基づく当選人の決定の効力は、国民主権ないし住民自治を担う住民=選挙人の自由に表明せる意思として、最大限に尊重されるべきは当然である。

したがって、この効力が否定されるのは、原則として、その選挙の手続過程に重大な瑕疵があり、あるいは当選人とされた者の得票の中に明らかな無効票が混入しており、これを除外すれば最多得票の結果が覆るといった、いわば内在的理由による場合に限られ、右以外の何らかの政策的理由によってこれを無効とするのは、自由に表明された主権者たる国民・住民の意思を国家機関が否定することに帰するのであるから、仮にそれが憲法上許容され得ることがあるとしても、右のような選挙の結果に示された主権者たる国民・住民の意思の重大性を考慮してもなお、これを否定しなければ選挙の自由・公正を著しく侵害するものと認められる明白かつ高度の合理的理由が存在するといった、きわめて極限的な例外中の例外でなければならない。

3.他方で、選挙に立候補し、その選挙の結果としての得票に基づいて公職に就任することができる権利、すなわち立候補の自由は、「選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり」、被選挙権者の立候補の自由は、憲法一五条一項の保障する「重要な基本的人権の一つであると解すべき」ものとされている(最判昭四三・一二・四刑集二二巻一三号一四二五頁)。

そして、このような基本的人権の行使として選挙に立候補した者が、選挙人の意思である最多得票を得て当選人とされた地位は、国民・住民の選挙権の行使の結果という意味での憲法上の位置付けを与えられるのみではなく、当該当選人の立候補の自由という憲法上の重要な基本的人権の具体的帰結としての意義をも有するものである。

そうであれば、このような当選人としての法的地位が否定されるのは、原則として、その選挙の手続過程に重大な瑕疵があり、あるいは当選人とされた者の得票の中に明らかな無効票が混入しており、これを除外すれば最多得票の結果が覆るといった、それ自体として合理的な理由と認められる場合に限られ、右以外の何らかの政策的理由によってこれを無効とするのは、当該当選人の立候補の自由を国家機関の手で実質的に奪うことに帰するのであるから、仮にそれが憲法上許容され得ることがあるとしても、右のような当選人の法的地位の重要性を考慮してもなお、これを否定しなければ選挙の自由・公正を著しく侵害するものと認められる明白かつ高度の合理的理由が存在するといった、きわめて例外的な場合でなければならない。

4.加えて、右のような立候補の自由の憲法上の位置付けに鑑みると、特定の者について、特定の選挙に立候補することを禁止し、あるいはこれを一定期間許さないという取扱いをすることは、それ自体として、立候補の自由という憲法上の基本的人権を侵害するものであり、これが合憲的なものとして許容され得る場合があるとしても、それは、高度の合理的理由があり、しかも右立候補制限を強いられる者の責めに帰すべき事由がある場合に限られ、かつ、その制限は必要最小限度にとどめられなければならないというべきである。

四、憲法三一条と比例原則

1.憲法三一条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と規定している。

この規定は、憲法三二条以下に具体的に保障される人身の自由の総則規定としてのみならず、広くすべての自由権の手続的保障に関する一般規定として憲法上重要な地位を占めている。そして、この条文の意味については種々の学説があるものの、通説的な理解では、罪刑法定主義の基本原則を包含しつつ、適正な法の手続によるのでなければ生命・自由・財産の剥奪を許さないという、いわゆるデュー・プロセス条項たる意味を持つものとされている。

ところで、憲法三一条の文言上は、主として科刑手続・司法手続における適正手続を規定したものであり、そこに重要な趣旨が存することはいうまでもないが、本条は、このような刑事手続にとどまらず、国民の生命・自由・財産に対する国家権力の一切の侵害作用に適用されるべきである。けだし、手続的保障が刑事手続において発達したのは歴史の偶然にすぎず、文理を尊重するのあまり、本条の保障を刑事手続のみに及ぶと結論するのは国家権力を「パートタイムの民主制」(フェッファー)の域にとどまらしめることになるからである(芦部信喜『憲法の基礎知識』一一五頁等)。

判例もまた、本条を明示的に援用はしないものの、行政庁の自由裁量行為について適正手続の適用を認める方向にあることは周知のところである(最判昭四六・一〇・二八民集二五巻七号一〇三七頁、東京高判昭四〇・九・一六行裁例集一六巻九号一五八五頁、東京地判昭三八・九・一八行裁例集一四巻九号一六六六頁、最判昭五〇・五・二九民集二九巻五号六六二頁、東京地判昭三八・一二・二五行裁例集一四巻一二号二二五五頁等)。

2.選挙の結果としての当選人決定の効力を失わせ、さらには当選人に対して一定期間の立候補制限を課することは、刑事手続ではなく、また行政庁の裁量行為の範疇に属するものではないけれども、当該当選人たる立候補者が選挙民の選挙権の行使によって表明した意思に基づいて得た当選人としての地位を剥奪するという意味で、その立候補の自由を実質的に奪い、さらには、将来にわたる立候補制限は、それ自体として、その者の立候補の自由という基本的人権を侵害するものであって、公権力による人権の制約という点では変わりがない。

したがって、このような基本的人権の侵害について、デュー・プロセスの保障が及ぶべきは当然である。

とりわけ、憲法三一条が内包する罪刑法定主義は、犯罪行為と刑罰の権衡ということをその核心的意義として包含していることについては異論がないところ、これを、刑罰以外の国家権力による国民の自由の侵害にあてはめれば、当該侵害の結果とこの侵害の根拠とされる理由ないし原因との合理的関連性及び両者の適正な均衡、すなわち比例原則が要求されるというべきである。

そうすると、右のような立候補の自由の剥奪・制限という基本的人権に対する重大な侵害が許容され得るためには、かかる侵害の結果が、右人権の重要性を考慮してもなお、必要やむを得ないと認められる高度の合理的理由が要求され、しかも、その侵害の程度が右の合理的理由に該当するとされる具体的事由との間に適正な均衡を超えないものでなければならないと解すべきである。

五、将来にわたる立候補制限の過剰性

以上述べたとおりの地方議会議員選挙における選挙権・被選挙権の基本的人権としての重要性及びかかる基本的人権制約の必要最小限度の原則に照らすと、いわゆる連座制のあり方としては、当該選挙における当選人の当選自体を無効としたうえで、いわば「汚れた選挙」を白紙に戻し、公正な選挙に基づく選挙人の意思によって改めて当選人を決定するということで必要かつ十分というべきである。

さらに、総括主宰者等の選挙犯罪にかかる刑事裁判が遅延することによって、当選無効の効果が実質的に無意味となる事態を防ぐ必要があるとしても、それは、この度の公職選挙法改正によって強化されたいわゆる百日裁判等の適正な運用を通じて行うべきが本則であって、一律に、将来にわたる立候補禁止をするというのは、明らかにその目的を達成するための必要最小限度の限界を逸脱している。

ましてや、当選無効の効果が発生したときから五年間に及ぶ立候補制限は、地方議会議員の任期が四年間であることからすると、当選無効による再選挙に加えて、さらにその次の選挙においても立候補を許さないというものであるから、二回の選挙に立候補ができないことになる。続けて二回にわたって立候補ができないことになれば、とくに本件における中間市のような一人区においては、実際上、当該候補者の政治生命は完全に断たれ、生涯にわたって被選挙権を奪われることになるのは目に見えている(地方議会議員が地域に密着した存在であることに照らすと、他の選挙区で立候補をすることは無意味である)。

仮に百歩を譲って、連座制の実効性を高めるために、ある程度の期間の立候補制限が必要不可欠であるとの立場に立ったとしても、その期間は、少なくとも次期の選挙には立候補ができる四年以内の範囲にとどめられなければならないというべく、五年間という期間は、明らかにその目的達成のために必要な限度を逸脱したものである。

六、小括

以上の次第であるから、公職選挙法二五一条の二第一項所定の将来にわたる立候補制限の規定は違憲無効であり、これが合憲であることを前提として、本訴・請求の趣旨第二項を棄却した原判決は破棄を免れない。

第二点 本件に公職選挙法二五一条の二第一項を適用することは憲法に違反する。

一、原判決の判示と問題点

原判決は、上告人について、公職選挙法二五一条の二第一項の規定を適用して、本件選挙の当選を無効とし、さらに五年間の立候補制限を課することは、憲法違反には当たらないとし、その理由として、公職選挙法の右条項の構成要件は客観的に明確であり多義的な解釈を容認する余地はないから、具体的な事例にそくして同条項の適用をしない取扱いをすることは解釈の名による立法に等しく、裁判所のなし得るところではないし、中津空也(以下「中津」という)の本件選挙犯罪は、同じ買収事案の中では違法性の程度が軽いとしても、他の選挙犯罪全体の中における違法性が軽いとはいえないなどと判示している。

しかし、右論旨は、きわめて形式的なものであって、憲法一五条、九三条に規定する基本的人権としての選挙権・被選挙権の重要性、憲法三一条から導かれる人権制約における必要最小限度の法理ないし比例原則をまったく無視したものである。

第一点の項で詳述した憲法一五条一項・三項・憲法九三条二項及び憲法三一条の趣旨に照らすと、公職選挙法二五一条の二第一項の規定は、仮にそれが法令違憲とまではいえないとしても、限定的に解釈適用されるべきは当然であり、少なくとも、本件事案に同条項を適用して原告の当選を無効とし、かつ、上告人をして、その選挙区である福岡県中間市選挙区から向後五年間福岡県議会議員選挙に立候補することができないものとするのは、憲法の右条項に違反するというべきである。

二、現行連座制の立法趣旨とその適用の限界

1.公職選挙法二五一条の二第一項は、選挙運動を総括主宰した者や出納責任者等が買収及び利害誘導罪等の選挙犯罪を犯して処罰されたときは、当該候補者等の当選を無効とし、かつ五年間立候補できないものと規定している。

この連座制、とりわけ当選無効の措置の立法趣旨については、「候補者以外の者の行為により多数の国民の意思の表現である当選を無に帰せしめることができるのは、候補者と一定の関係にあるそれらの者が悪質な違反行為をしたことはその候補者のための選挙運動が全体的に悪質な方法により行われたということを推認させ、したがってその候補者が当選人になり得たのは不法な手段によったからであるということが推認されるからである」とされている(自治省選挙部『逐条解説・公職選挙法』政経書院刊一三二九頁)。

また、連座制の規定が憲法四三条、九三条二項に違反するとして争われた事案について、最大判昭三七・三・一四は、「選挙運動を総括主宰した者又は出納責任者の如き選挙運動において重要な地位を占めた者が買収、利害誘導等の犯罪により刑に処せられた場合は、当該当選人の得票中には、かかる犯罪行為によって得られたものも相当数あることが推測され、当該当選人の当選は選挙人の真意の正当な表現の結果と断定できないのみならず、……選挙人の自由な意思に基づく選挙の公明、適正を期する上からも、かかる当選人の当選を無効とすることは所論憲法の各条項に違反するものということはできない。」と判示している。

2.このような立法趣旨そのものには一応の合理性が認められ、連座制の規定自体が憲法一五条一項・三項や憲法九三条二項及び憲法三一条に直ちに違反する無効のものとはいえないとしても、前述のとおりの選挙権及び立候補の自由の憲法上の重要な位置付け並びに憲法三一条が内包する比例原則に照らすと、具体的な選挙についてこの連座制の規定を適用して当該当選人の当選を無効とし、さらには、その者に対して将来にわたる立候補制限を課することができるのは、右の立法目的を達成するために必要かつ不可欠と認められる場合に限定されるべく、総括主宰者・出納責任者等が公職選挙法二五一条二第一項所定の選挙犯罪を犯して処刑されたすべての場合に一律に適用されるとすれば、かかる適用は、憲法の右各条項に違反するというべきである。

ことに、連座制は、これによって当選人たる地位が奪われることとなる候補者自身の選挙犯罪を理由とするものではなく、文言上は、他人である総括主宰者・出納責任者が犯した選挙犯罪について、その選任・監督上の過失の有無といった広義の意味での帰責事由さえ問わないとされているのであるから、比例原則の観点からいっても、自らの行為ないし責任によらずして当選無効や将来にわたる立候補禁止という重大な憲法上の権利の侵害を当該候補者に強いることが許容され得るのは、右の地位にある者が法所定の選挙犯罪に該当する行為を犯したというだけでは足りず、当該行為の実質に照らして、それが選挙人の投票意思を不当に歪めるような具体的危険性を帯びたものであって、そのことのゆえに、「当該当選人の得票中には、かかる犯罪行為によって得られたものも相当数あることが推測され、当該当選人の当選は選挙人の真意の正当な表現の結果と断定できない」(前掲・最大判)と評価され得るような行為類型に限られるものと限定解釈されなければならない。

三、本件事案の特質と上告人に対する連座制の適用の違憲性(適用違憲の本件へのあてはめ)

1.本件事案の違法性の程度等

(一) 中津の本件行為は、公職選挙法二二一条一項三号に該当するものであり、広義の買収罪に包含されるものではあるが、買収罪の典型例である同項一号の行為類型、すなわち直接に候補者への投票を獲得し、ないしはこれを取りまとめるために金品を供与するという、いわば、「票を金で買い取る」というのとは異なり(前記の連座制の立法趣旨が主眼に置いているのは、まさにこのような選挙犯罪である)、選挙運動者に対して、その報酬として一日当たり一万円程度の金銭を供与したというものである。

しかも、右金銭の供与を受けた選挙運動者が行った行為は、確定判決によれば、候補者である上告人の後続車乗務、ビラ配り、自転車又は歩行による連呼、候補者とともに駅頭に立って支持を訴える「朝立ち」等であって、選挙運動とはいえ、直接に票の取りまとめなどをするというのではなく、実質的には単純労務ないしはこれに類する行為と評価できるものである。少なくとも、これらの行為は、わが国の選挙運動において、どの陣営でも広く行っており、本件選挙でも、上告人の陣営のみならず、対立候補の陣営でも日常的に行っていたものである。

したがって、これらの被供与者の行為が本件選挙における上告人の選挙運動の雰囲気作りにそれなりの効果を及ぼしたことはあり得るとしても、選挙人の投票意思決定に具体的な影響を与え、ないしはそのような危険性を帯びたものでなかったことは明らかである。

(二) 他方、公職選挙法一九七条の二は、政令で定める基準に基づく選挙運動に従事する者への報酬の支払いを許容しているところ、同法施行令一二九条では、その基準として、選挙運動のために使用する労務者一人に対して基本日額一万円以内の報酬等を、県議会議員選挙の場合にあっては、一日につき一二人までと規定しているのである。このような報酬の支払いが許容される選挙運動に従事する者の範囲は、選挙運動のために使用する事務員及び専ら選挙運動のために使用される自動車又は船舶の上における選挙運動のために使用する者に限るとされていることから、本件の被供与者の場合はこれに該当するものではないけれども、これらの者が行った前記のような行為の実質は、右の報酬支払いが許容されている者のそれと近似したものであるうえ、その人数は延べ一八名、金額も一日当たり一万円程度であることに照らすと、少なくとも、法が許容している報酬の支払いの類型及びその基準(金額・人数)とかけ離れたものとはいいがたく、社会的評価のうえではこれと共通する面があることを否定できない。

(三) さらに、わが国における選挙運動の実情として、アルバイト運動員を雇傭して賃金を支払い、あるいは、特定の候補者を支持する労働組合、宗教団体及び企業等がその所属する組合員や信者らを選挙陣営に派遣して様々の選挙運動に従事させ、「朝立ち」、「自転車部隊」、「ビラ配り」等を行わしめ、これに対して、労働組合の本来の組合活動ないしは宗教団体の布教活動等という名目で日当を支払ったり、企業が有給休暇を与え、ないしは出張旅費名目での手当を支給したりする例が多数見られることは、ことの善し悪しはともかくとして、公知の事実である。

本件事案は、被供与者中に未成年者が含まれているという点で芳しいものではないけれども(この行為自体は連座制対象犯罪ではない)、その実質において、右のようなわが国の選挙運動において広く行われているものと大差はない。

(四) このような本件事案の実質に照らすと、中津の本件行為は、広義の買収罪に位置付けられている公職選挙法二二一条一項三号の構成要件を充足するものであるとはいえ、実質的違法性という点ではむしろ軽微なものというべきである。

ましてや、本件行為が本件選挙における選挙人の投票意思決定に何らかの効果を及ぼし、これを不当に歪め、ないしはそのような具体的危険性を帯有したものと評価することは到底できない。

ことに、上告人は本件選挙において、その得票数において対立候補に一八〇〇票余の差をつけて当選人と決定されているのであり、本件の被供与者の前記のような行為の実態に照らして、そのことのゆえに、右選挙結果をして、「当該当選人の当選は選挙人の真意の正当な表現の結果と断定できない」と評価され得るようなものでないことは明白である。

このような本件行為の実質に照らすと、本件事案に連座制の規定を形式的に適用して、上告人の当選の効力を失わせ、しかもその立候補を五年間にわたって禁止するという重大な憲法的権利の剥奪・制限を課するのは、特に悪質な不正の手段を用いた選挙運動によって歪められた投票の結果としての当選を否定して公正かつ自由な選挙の実現するという、その立法目的達成のために憲法上許容され得る必要最小限度の手段の範囲を逸脱し、具体的な行為とその法的効果としての制裁の程度との間の均衡を著しく失したものといわざるを得ない。

とりわけ、本件選挙における上告人の当選を無効とするだけであれば、「汚れた選挙」による選挙結果を白紙に戻して、再度選挙人の自由かつ公正な意思を問うという意味で、仮にそれなりの合理性を認め得るとしても、これにとどまらず、向後五年間にわたって立候補を禁止するというのは、上告人に対して、自ら関知しない他人の行為に基づき、それも上告人自身には何らの帰責事由が存在しないにもかかわらず、次期の選挙において選挙人の信を問う方途さえも奪い去るものであって、それ自体として、合理的理由を全く見出せず、少なくとも、前記の連座制の立法目的を明らかに逸脱した取扱いであるといわなければならない。

2.公職選挙法二五一条の二第四項第二号類似性

(一) 上告人は、もともと、今回の改正前の衆議院議員選挙中選挙区制・福岡県第二区(本件選挙区を含む)から立候補して当選を重ねてきた麻生太郎代議士派に属していた者であるが、中津は、同じ選挙区から立候補し、かつては同じ自民党に属しつつも、選挙の度に右麻生派と激しい保守票の取り合いを繰り広げてきた三原朝彦代議士派に属して、その選挙運動を行ってきた者であった。

上告人と中津は、面識こそあったものの、とりたてて親しい間柄ではなく、従来の中選挙区制のままであれば、中津が上告人の県議会議員選挙の出納責任者になることはあり得なかった。

ところが、今回の小選挙区制の発足に伴い、麻生は本件選挙区を含む新八区、三原は新九区と、別々の選挙区から立候補せざるを得ないこととなり、しかも、それぞれが新たな小選挙区で立候補する場合には、これらの小選挙区に編入された地域でお互いが得ていた同じ保守票を自己の得票に取り込む必要があり、このような利害関係が一致して、もともと麻生陣営に属してきた上告人の県議会議員選挙の出納責任者として、従来はこれと対立してきた三原陣営の幹部である中津が就任することとなったものである。しかも、中津を出納責任者としたのは、三原陣営の古くからの幹部であって、人的にも経済的にも大きな力を持っていた井手斌久の意向に基づくものであった。

それゆえに、中津自身としては、新たな小選挙区制のもとでは、自分が支援する三原代議士の立候補する新九区には含まれない本件選挙区で上告人のために選挙運動をしても、その得票が三原代議士の得票に直接結び付くわけではなく、せいぜい、そのことによって、間接的に、新九区での麻生陣営の従来の票を回してもらえるという程度の目論見であって、そもそも、上告人その人の当選を期するというよりは、将来における三原代議士の小選挙区制のもとでの選挙を有利にするための手段として、本件選挙に関与していたにすぎない。他方で、上告人の側でも、永年にわたって相争ってきた三原陣営に属する中津に対して遠慮があり、中津が執り行う選挙運動については、上告人の側から指示などをすることはほとんどなく、いわば中津任せであって、もとより、中津の本件行為については全く関知していなかった。

(二) そして、中津の捜査段階における供述調書などによれば、中津は、本件行為が明らかに違法なものであって、これが発覚すれば、連座制の規定が適用されて原告の当選が無効になることを十分に知悉しつつ、敢えて本件行為に及んだというのである。しかも、中津が本件買収金を供与した相手方は、学生を含めたアルバイトという本来の選挙組織外にあって、どう見ても、「口が固い」とはいえない者ばかりで、その方法も、衆人の耳目がある中でのいわば公然たるものであり、本件行為が容易に官憲に露見することを承知のうえで行ったとしか考えられないようなものである。

このような中津の本件行為の実態に前記のような中津と上告人の関係及び中津が上告人の選挙に出納責任者として関与するようになった経緯を併せ考慮すると、本件行為は、中津において、自らの行為が発覚することによって上告人の当選が無効となることを十分に認識しつつ、積極的にそのような目的を持っていたかどうかはともかくとしても、そのような事態を少なくとも未必的に認容しつつ敢行されたものであって、結果として、公職選挙法二五一条の二第四項第二号所定の連座制の適用除外事由に匹敵し、あるいはこれに類似する行為との評価を免れない。

(三) ところで、公職選挙法二五一条の二第四項第二号は、出納責任者等が同条の二第一項所定の選挙犯罪で処刑された場合においても、当該選挙犯罪にかかる行為が当該公職の候補者等の当選を失わせ又は立候補の資格を失わせる目的をもって、当該公職の候補者等以外の公職の候補者等その他その公職の候補者等の選挙運動に従事する者と意思を通じてされたものであるときは、同条の二第一項ないし第三項に規定する当選無効及び立候補禁止の規定は、立候補禁止及び衆議院比例代表選出議員の選挙における当選の無効に関する部分に限って(同条の二第四項本文括弧書)、これを適用しないとしている。

したがって、右条項が適用される事案においても、当該当選人が向後五年間にわたって立候補をすることができないとされる部分は救済されるものの、当選無効の効果を左右するものではないということになる。

しかしながら、先に詳述した憲法一五条一項・三項、憲法九三条二項及び憲法三一条の規定の趣旨に基づけば、候補者自身の行為ないし帰責事由によらずして、その当選を無効とされるという形で実質的にその立候補の自由を剥奪することが憲法上許容され得るのは、あくまでも例外的な措置でなければならないと解すべきである以上、総括主宰者・出納責任者等の選挙犯罪が公職選挙法二五一条の二第四項各号に該当するような場合にまで、当選無効の結果を課することは、それ自体として合理的理由を欠くものであるばかりか、不当な策略を結果的に容認するのに等しく、連座制の立法趣旨である自由かつ公正な選挙秩序そのものを著しく毀損するものであって、本来的には合憲性を認めがたいところである。

たとえ、右規定(前記括弧書部分)そのものが違憲無効とまではいえないとしても、前記のように、連座制が適用される具体的選挙犯罪行為の実質的違法性ないし連座制の立法趣旨との関連性の程度が大きくないということに加えて、当該行為が公職選挙法二五一条の二第四項各号に該当し、あるいはこれに類するようなものと評価され得る事案について、連座制の規定を適用することは、憲法の右各条項に背馳するものとして、適用違憲とされるべきである。

本件事案はまさにそのような場合に該当する。

四、小括

以上の次第であるから、公職選挙法二五一条の二第一項を本件事案に適用して上告人の当選を無効とし、かつ、上告人をして、その選挙区である福岡県中間市選挙区から向後五年間福岡県議会議員選挙に立候補することができないものとするのは、憲法一五条一項・三項、憲法九三条二項及び憲法三一条に違反するというべく、右適用を合憲とした原判決は破棄を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例